秋葉原とは

秋葉原(あきはばら)は、東京都千代田区秋葉原駅周辺、主として東京都千代田区外神田神田佐久間町および台東区秋葉原周辺を指す地域名である

概要

第二次世界大戦後の日本において、闇市として発展した。その後、高度経済成長とともに多様な電子機器部品ハードウェア)およびソフトウェアを取り扱う店舗などが建ち並ぶ世界有数の電気街として発展した。世界的な観光地の顔も有する。秋葉(あきば)・アキバAKIBAの略称で呼ばれる。

当初はジャンク品の商店とそこから発展した家電量販店が中心の電気街だったが、高度経済成長を経て音楽ブームを背景としてレコードCDを取り扱う専門店が軒を連ね、その後は電子ゲームブームの到来とともにゲームショップが繁盛した。この電子ゲームブームが本格化すると仮想空間を嗜好する需要に着眼したホビーショップやアニメショップも建ち並ぶようになった。近年では都市再開発により秋葉原駅を中心に多くの複合ビルが建設され、訪れる年齢・客層も様々になっている。

地理

秋葉原と呼称される区域の明確な定義はないが、東京都が策定した都心等拠点地区における秋葉原地区の範囲は、東は昭和通り、西は昌平橋通り、南は神田川、北は蔵前橋通りに囲まれた区域、すなわち東京都千代田区外神田一丁目・外神田三丁目・外神田四丁目・神田佐久間町一丁目神田花岡町神田相生町神田練塀町神田松永町台東区秋葉原を指す[1]。秋葉原電気街とサブカルチャー関連の店舗は主にJR秋葉原駅周辺および中央通り万世橋北詰から東京メトロ銀座線末広町駅のある外神田五丁目交差点までを中心に広がっている。電気街口前が外神田一丁目、その北の中央通り東側が外神田四丁目、西側が外神田三丁目となっている。秋葉原電気街の外側は主にオフィス街だが、古くから建っている民家も見ることができる。鉄道各線の駅が近く、都心の一等地として地価・家賃ともに高価になる傾向がある。

昭和通りから東側の地域は、都心等拠点地区における秋葉原地区の範囲に含まれないが、神田佐久間町、神田平河町神田佐久間河岸神田和泉町、神田松永町、神田練塀町、東神田三丁目の各町会は「秋葉原東部町会連合会」を組織して各種行事に参加しているほか[2]神田祭では「秋葉原東部地区連合」として神輿宮入を行っている

地域

「世界有数の電気街」として有名。大須日本橋とともに日本三大電気街として広く認識されている。さらには日本全国はもとより、世界各地から観光客が訪れ、まさに「世界有数」である。

だが「家電量販店がひしめき合っている」、「家電品が安く買える」という意味での電気街は、バブル崩壊後の不景気による節約志向や、郊外に店を構える大型量販店が台頭してきたこともあって1990年代から徐々に衰退の方向にあり、扱われる機器類・ソフトウェア類にも時代の変遷が色濃く現れている。

一方で、一般向けの量販店が通常取り扱わない電子部品を扱う販売店(その多くは終戦直後に神田須田町界隈のヤミ市露天商として創業したが、GHQによる区画整理で現在の地に移動した)は現在でも秋葉原駅近くの総武線ガード下を中心として根強く生き残っており、「秋葉原電気街」の源流は今もなお命脈を保っている。これらの商店では他では得難い部品も多々流通している。

秋葉原は電気街だけでなく、かつては青果市場の町としての側面もあった。1989年大田市場に移転するまでは、秋葉原駅前に神田青果市場が存在し、神田市場向けに営業していた飲食店や青果店が多く軒を連ねていた。神田市場跡地は再開発で秋葉原クロスフィールドへと生まれ変わったが、当時から変わらず営業している一部の店舗が往時を偲ばせている。また、秋葉原駅には1970年代まで貨物駅があり、当時多くの運輸会社が秋葉原周辺に拠点を置いていた。日本通運2003年まで秋葉原に本社を置いていたことや、日本農業新聞の本社が秋葉原にあることはその名残でもある。

他方で秋葉原は古くはハイファイオーディオアマチュア無線さらには音楽(特に輸入版ソフト)の愛好家、そしてパソコンマニアが集まるマニアの街という側面が存在する。衰退しつつあった家電量販店に変わり1990年代には当時普及しつつあったパソコン関連の店が増加してゆき、1990年代後半にはそれらのPC・IT関連の店だけでなく、アニメ・ゲームマニア向けのソフトウェア(コンテンツ産業の商品を含む)を取り扱う店が増えてくる。最初のうちはアニメやゲームを好むのは一部の人間だけとされていたが、次第にオタク文化が広く大衆化し、秋葉原での家電販売が1990年代以降不振であったことと逆に、好調に推移するコンテンツ産業の中心地として注目されていった。こういった文化や秋葉原に集う人々の総称として2000年代中頃に「アキバ系」という言葉も生まれた。

秋葉原という街全体がコンテンツ産業の商品を幅広く扱う街となってからはマスコミに秋葉原の文化が頻繁に取り上げられるようになり、この頃より秋葉原電気街は「アキバ」として世界に広く知られる様になる。こと21世紀に入り日本のコンテンツ産業が世界進出に積極的になると日本以外の国の人々もアニメや漫画に興味を持ち秋葉原を訪れるようになった。

2005年つくばエクスプレス開業とヨドバシカメラマルチメディアAkibaの開店は秋葉原の大衆化に拍車を掛けることとなったが、その一方で古くより秋葉原に地盤をもっている家電量販店は販売不振から、店舗の統廃合や撤退が相次いだ。同年には電気街口北側の駐車場跡(かつての神田市場の跡地)に秋葉原クロスフィールドの施設として、産学連携プロジェクトやオフィス機能などを持つ超高層ビル秋葉原UDX秋葉原ダイビル超高層マンションTOKYO TIMES TOWERも誕生し、ヨドバシカメラと並びそれまでの秋葉原のイメージとは大きく異なる存在感を放っている。この頃より路上での販売行為に対する監視が厳しくなった。それまで裏通りの路側帯の内側に陳列することで摘発されないという暗黙の了解が存在していたが(通称「白線ルール」[26])、2006年以降は警察より厳重に注意を受けるようになったため、出店者はビルの敷地内や駐車場を利用して出店するようになった。

2008年より東京都交通局が運行を開始した観光路線バス「東京→夢の下町」の経由地に秋葉原が含まれているなど、秋葉原は現在急速な観光地化が進んでいる。休日の秋葉原は女性だけの集団や、カップルで歩いている姿も珍しくなく、カメラを手にした外国人観光客もあちらこちらで見ることができ、近年の「秋葉原電気街」の変化は特に著しいものとなっている。

電気街と山手線を挟んで反対側に位置する昭和通り側は住宅と大小さまざまな企業が密集したオフィス街となっており、平日には多くのサラリーマンやOLが歩いている。なお、用途地域は全域において商業地域である。

PC(パソコン)関連商品についての詳細は#パソコン(PC)関連、ホビー系グッズについての詳細は#アニメ・ゲーム・同人誌関連、主な企業については#主な企業を参照

その他

神田青果市場があった頃から営業していた店舗(千代田海藻。2012年に解体)

  • 以前はアキハバラデパート南側出口前で様々な種類の商品の実演販売が行われており、ひとつの秋葉原名物として人気を集めていた。また、外国人観光客向けの免税店が数多く存在しており、軒先には英語中国語韓国語など様々な言語の看板やポップを見ることができる。日曜日の午後は中央通りが歩行者天国となり多くの人々で賑わう。
  • 全国でも珍しいおでん缶自動販売機1990年代初頭から存在している。2000年代半ばごろからTVなどで報道されたことにより名物となり、自動販売機の設置されていた場所は一時は観光スポットにまでなった。現在は周辺のゲームソフト店やコンビニエンスストア、ドン・キホーテ秋葉原店でもおでん缶を販売している。冬季は保温販売を行っているが夏季は常温販売のみの店が多い。
  • 1990年代までの秋葉原の電機店・パソコンショップの多くは開店時間が遅く、閉店時間が早い店舗が多かった(正午頃開店し20時頃には閉店など)。電気街は夜になると営業する店もほとんどなかったが、再開発後はゲームセンターやドン・キホーテ、ヨドバシカメラなど多くの店舗が遅くまで営業を行っており、現在ではパソコンショップやアニメショップ、メイド喫茶なども営業時間を21時〜23時頃までにしている店舗が多い。
  • 明神坂ガード下の柱には2010年代前半まで「蔬菜(そさい)東口売場」という文字[32]が残っていたほか、アキバ田代通り周辺に一部残る青果店舗など、神田青果市場が営まれていた名残を目にすることができる。
  • 古書・書籍の町、神田神保町神田古書店街)と近く、秋葉原と徒歩で行き来する買い物客も多い。

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